八丈太鼓まごめ会

太鼓たたいて 人さまよせてな わしも逢いたい 人があるよ

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211いのくら屋新春交流会

雪ふりしきる二月十一日、いのくら屋さんの新春交流会に参加してきました!

普段はUFO!じゃなくて、ロケット部品の設計をしてらっしゃるというなんだかすごい人が撮ってくれた、
盛り沢山のおいしい写真をまじえてご報告いたします。

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午前の部 拵える会(こしらえるかい)
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午後の部は・・
講師の大野和興さんの世界から足下をみはるかす興味深いお話。
を受けての、
お百姓さんたちの土地に根ざした世界観。
よ~くかみくだかれたお話で、これからの生き方をかんがえていくうえでも、すごくためになるお話でした。

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交流会は・・
いき 息るを書いた書家の先生とむさじじのおはなしや、
はるばるいらっしゃってくれたお百姓さんたちのご挨拶からはじまり・・
iki iki2 mu

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◎●◎◎●◎◎●◎◎●◎◎●◎◎●◎◎●◎◎●◎◎●◎

ステージはおなじみのとつとつとした落語で幕をあけ・・
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やさしい音色のピアノとバイオリン。


211-5 あしたば☆みさっちのすみわたる歌

211-7fumiさん&あしたば☆みさっちの平和への祈りを込めた歌


211n02 只道さんの心ふるさせる、三宅の民謡「えじま」


まごめ会みんなの八丈「ショメ節」

1)南風だよみなでておじゃれ 迎え草履の紅鼻緒
2)ぼくりひんなぶして袖ひっちかめえて おめえはわせどかこの雨に
3)沖でみたときゃ鬼島とみたが 来てみりゃ八丈は情け嶋
4)今日はめでたいいのくらの集い いのちのつながりむすびあう
5)太鼓たたいてひとさまよせて わしも逢いたい人がある
6)うまい食事と楽しい酒よ いきるよろこびわかちあう


211-9
1:五十子さん 2:只道さん 3:fumiさん 4&6:よすけ 5:M!sa(あしたばちゃん)が唄いました。
それぞれの歌の説明を、最下段に掲載しています。


211-10
五十子さんのまろやかな、青ヶ島民謡「月とどうしよ」&太鼓


             211-11
             ばくざん夫婦による「いのくら屋のうた」「山王三丁目市場のうた」など、
             地域性あふれるあったかい歌


211-12
迫力の演奏で場をわかせてくれたケグリ


             211-13
             はずれなしのおいしい抽選会

◎●◎◎●◎◎●◎◎●◎◎●◎◎●◎◎●◎◎●◎◎●◎


ほんんっっとに!もりだくさんのいちにちでした!

いつも安心な食をとどけてくれるお百姓さまたち、
また、朝からおいしい食事を拵えてくれたみなさん、ごちそうさまでした☆

夕方からしか来られない人たちにも、お百姓さんたちのお話をじっっくりきいてもらえるよな場面があるとよかったなあ。
芸能と農、いい形でむすびあえたらいいなあ。


いのくら屋さん、むさじじ、ともこさん、あべさん、おおにしさん、いつもありがとう。
これからも☆


   イヤァ~ア
   いのくら一献 世界を語る
   様の視線を お湯でわり
   ショメ~ショメ~




                             よすけ


211-14





以下ブログでも当日の様子が報告されています。どうぞご覧ください。

あしたば☆みさっちのブログ
http://blog.livedoor.jp/dualfacemoon/
平和への祈り・まつりの輪 ブログ
http://inorimatsuri.jugem.jp/




ショメ節の説明(「八丈島のショメ節/内藤茂」より引用させていただきました)

1)南風だよみなでておじゃれ 迎え草履の紅鼻緒

徐福伝説~秦の始皇帝の命によって徐福が不老不死の霊薬を東方の島々に探しに来たが見つからず、自分は紀州にとどまり、童女五百人を八丈島に、童男五百人を青ヶ島に捨てたと伝えられている。これから八丈島が女護が島といわれるようになったという。
これらの両島に別れた男女は、両方で恋しく思いながらも一緒に住むと海神が怒ると言い伝えていた。ただ、一年に一度吹く南風の日には、海神の許しがあって、青ヶ島の男性は八丈島に渡って仮寝の夢を結んだという。この日に、八丈島の女童たちは、てづくりの赤い鼻緒の草履を作り、浜辺に並べてその草履をはいた男を一夜の夫と定めたという。恐らく男性どもに目立つように趣向をこらした赤い鼻緒であったのであろう。

昭和五年、八丈に来島した野口雨情氏の作。


2)ぼくりひんなぶして袖ひっちかめえて おめえはわせどかこの雨に

ぼくり=ぼっくり。下駄のこと。
ひんなぶして=かくして 「ひん」は意味を強める接頭語。
ひっちかめえて=つかまえて 「ひっ」も意味を強める接頭語。
おめえ=あなた。目上の人に対する敬称(目下にはオマイを使う)
わせどか=お行きになってしまうのか。
『下駄をかくして、帰ってはいやよと袖をつかまえて頼んでいるのに、
 もうあなたはお行きになってしまうのですか、この雨の中に』という意。

補:『下駄を袖でかくして、この雨の中きてくださったのですか』という意味にもとれるとの事。
   只道さんの師匠、太鼓のみっちゃんこと、浅沼亨年さん得意のショメ節だったそう。


3)沖でみたときゃ鬼島とみたが 来てみりゃ八丈は情け嶋

流人の作だと言われているが、ショメ節の発生は明治の中ごろなので?
流人の心情を推し量ってつくられた歌であろう。
たとえ罪人といえども、江戸からの長い船旅に加えて三宅島の風待ちで、やっと黒瀬川(黒潮)を越えて船から望む峨々(ガガ)たる八丈島は鬼島とも見えたことであろう。
ところが・・・
流人は妻を伴うことを禁止されていたが、島内で内縁関係になることは許されていた。流人の薪水の労を買って出たのが島の女童(メラナベ)であった。彼女らの物惜しみしないひかえめな献身が、罪科を負って流されてきたすさんだ心をどれだけなごませてくれたことだろうか。こういう女性を「水汲み女」と称して、一般の島民と結婚した女性と区別していた。
やがて赦免になると「水汲み女」は晴れて妻として江戸へも連れて帰れたそうである。中には、一人で帰国したが再び八丈にもどって妻とし生涯を終わった者もあるという。


5)太鼓たたいてひとさまよせて わしも逢いたい人がある

おなじみの太鼓節。ショメ節でもうたえるんじゃなあ~。


4)今日はめでたいいのくらの集い いのちのつながりむすびあう
6)うまい食事と楽しい酒よ いきるよろこびわかちあう


当日会場でかんがえた歌詞です。





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えじま

只道さんの「えじま」は絶品でしたよね~

でも、歌詞や内容をよく知らなかったので教えてもらい調べました。

【江島】

♪花の絵島が 唐糸ならばョ
  たぐり寄しょもの 膝元にョ

♪絵島殿ほど 衣装持ちゃないがョ
  浴衣一つで 門にたつよ


江島生島事件とは江戸中期、大奥女中の江島と歌舞伎役者の生島新五郎ら多数が処罰された事件。

正徳4年(1714年)江戸城大奥の江島が、仕えている月光院の名代として前将軍・家宣の墓参りのため、寛永寺、増上寺へ参詣の帰途に、芝居小屋・山村座にて生島の芝居を見たあと茶屋に招いて宴会を開き、夢中になり大奥の門限に遅れてしまった。

これを機に大奥の月光院派と天英院派の勢力争いが表面化し、江島は高遠藩へ流罪、江島の遊興相手とされた生島は三宅島への遠島となった。
最終的に1500名余の人々が罰せられたと言われている。

そして三宅島に伝わる「江島」を歌ってくれたんですね。

fumi | URL | 2011年02月19日(Sat)17:51 [EDIT]


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